プロフィール

福山直司 1971 2/5 A型 HSP

取得資格

  • 推拿整体師
  • 浸透療法師
  • フットセラピスト
  • ハンドセラピスト
  • フットリンパセラピスト
  • 調理師免許

リラックスした心と体には幸福が訪れる」をコンセプトに2012年5月に開業をしました。

私は幼いころからとても涙もろく、何でもないことでも直ぐに涙を流してしまい、一人空想にふける様な子供でした。

そのまま小学校に上がりいつの間にか苛めの標的になっていましたが今に思えば、からかうとすぐ泣くので面白かったというだけのことだったのでしょう。

しかしその事で子供らしい積極性は失われ、中高もずっと帰宅部になり、特に大きな目標も無いままその時に割と得意だった調理の世界に足を踏み入れます。

その頃の料理の世界はとても厳しくすぐに挫折し、様々な職を転々としましたが、どこも上手くなじめませんでした。

今はそんなことはありませんが、私が20代の頃は酒、ギャンブル、野球、女性のお店、ゴルフとこの辺りの話しに乗れないと、職場で何となく浮きやすくなる時代でした。気がつくと居ずらくなりまた転職という悪循環に陥ります。

そんな私が整体師になろうと決めたのは、ある日たまたま見た新聞広告の新刊案内にあった「あなたも整体師になりませんか」という本の一文を見た瞬間です。

「そうだ整体師になろうと決めました」

何の脈絡もなくそう思ったのは今でも不思議ですが、正に天啓が降りてきたような瞬間だったんじゃないかなと思います。

そうして整体学校に通い始め、その後私に整体を教えてくれていた講師が辞める事になった時、代わりに講師にならないかと有り難いお言葉を頂き、整体学校の講師兼整体師として3年間勤めます。

この学生時代も含めた4年間はとても中身の濃い物でした、なにせ他の生徒さんや同僚、先輩方のようにスポーツの経験が豊富ではない私には当初身体を動かすという事自体が難しく思え、自分と人の身体を操作する事にハードルの高さを感じざるを得なかったのです。

しかし良い事と悪い事は表裏一体で今まで身体を動かしていなかった分、人の身体を理解するのが楽しくて仕方ありませんでした。

また元来オタク体質である私は身体の研究に没頭し、平日は派遣の仕事をしながら土日は整体学校へ行き、その帰りには友人宅で習った手技の復習という毎日を過ごし本棚も整体関係の本だらけになり、気が付けば当時の趣味であったツーリングには一度も行きませんでした。

そしてあの東日本大震災。その3ヵ月後に気仙沼に仲間と整体ボランティアに行き現地での人と人との真剣な関わりを体験した時、人の助けになる整体という仕事の原点を見た思いになり、気持ちを新たに独立の気持ちを固め職場を辞職。

「出張整体 りら福」として半年ほど活動しました。 縁あって2012年5月に町田で「整体処 りら福」を開院。

そして整体を続けていく内にHSP気質という概念を知り、自分の感受性や社会で感じていた生き辛さの正体を初めて理解しました。

この社会を作り支えているのは物語の中でその他大勢の役割をこなし、身を粉にして自分を犠牲にしている普通の人達だと思います。同時に僕のように社会の中で生き辛さを感じているHSP気質の方にも是非リラックスして貰いたいと考えています。

だからこそ整体は特別な物ではなく生活に密着したラジオ体操やジョギング等の養生法・民間療法でなけれればならないと思います。

是非健康のお手伝いをさせて下さい。 僕は一人ではここまで来れませんでした、実に多くの方の助けと縁を重ねてきましたので、僕も皆様の助けになりそして一人でも多くの人との良縁が繋がるのを楽しみにしています。

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