自分という存在は言葉でできているのかも知れない

「言葉という字は漢字で『言う葉っぱ』と書きます。きれいな言葉を使えば、きれいな木に見えます。汚い言葉だったら、汚い木になっちゃうよね。みんなだって、同じだよ。きれいで正直な言葉を使えば、立派な木に見えます。嘘をついたり、汚い言葉を使えば、みすぼらしい木になります。いい言葉を使いましょうね」

最近読んだ『あなたは「言葉」でできている ビジネスコミュニケーションが劇的にアップする”自己表現のヒント” ひきたよしあき著』からの一説です。

筆者が小学校で「言葉」という字を習った時に、先生が話してくれた内容だそうです。同時に黒板には太い幹に葉っぱの沢山ついた木の絵も描かれたとありました。

そのまんま”あなたは「言葉」でできている”というタイトルに惹かれて、興味を持ちました。

 結論をいうと個人的には最初に挙げた一説が全てで、このことを知れただけで十分満足できたのですが、けしてこの本の内容が薄いというのではなく、自分が感銘を受けた箇所がココだったということです。

 一部の例を除けば、見た目と同じく話し方もその人を映す鏡だと思っているので、成る程なという感覚です。

もちろん反対意見もあるでしょうが、常時肩をいからせガニ股で睨みをきかせながら、胸倉を掴んで大声で他人を恫喝するような人は、それなりの企業のビジネスマンの中には恐らくいないでしょうし、仮にいたとしてもごく少数なんじゃないかな?と思っています。

前にも書いた空間を丸くするにも通じますが、自分がいることで周りに不快感を与えないということは”大人のマナー”だと思いますし、そのためには言葉使いも考えるべきなんじゃないかなと思います。

これは特段にドラマに出てくる上流階級のような言葉を使えというのではなく、TPOに合わせたそれなりの言葉を使えれば十分ということです。

私自身も、そんなに上等な言葉を使っているとは言えないのですが、少なくとも”普段から気をつける”という心構えだけは持っていたいものです。

例えばSNSなどでどんなに見た目や雰囲気を取り繕っても、添えてある「言葉」が粗野だったり批判的なものばかりでは、みる人がみればお里が知れてしまうものですし、実際に対面すれば尚のことでしょう。

「言葉」からはその人の人生、姿勢、考え方、目配りの広さ、深さ、温かさなどが色濃く反映すすそうです。

幸い言葉を使うというのは年齢や体力に関係なく人生の中でずっとアップデートできる行為なので、気がついたその瞬間から気をつけてみると案外人生そのものが変わるかも知れませんね。

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