一般的にHSP。繊細さんは全人口の15~20%存在すると言われています。
必然的に残りの80~85%は非HSPとなるんですかね?
いやいや、繊細さんが居るのなら、その逆もいるのでは?
単に細かい事が気になる人がいるということは、細かいことを気にしない人も一定数存在してしかるべきなのでは?というわけです。
ただ勘違しないで欲しいことがあります。
HSP関連書籍の中でも定番な(鈍感な世界に生きる 敏感な人たち」)や日本でこの概念を拡げるのに大きな影響を与えた(「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる「繊細さん」の本)等のHSP関連書についてるタイトルのインパクト故か、世間的にはどうしても繊細・敏感に目がいきがちになっている気がするんですね。
対義的に鈍感と表記されているせいで、何となくHSPさん達が繊細であることが優れていて、選ばれた人達である的に思っているんじゃないか的な印象を受けている人がいるようです。
全然そんな事、ないんですけどね。HSPさん達の自己肯定感の低さを舐めちゃいけませんよ(^^;)
話しは戻りますが、勿論ちゃんと本を読むとそんな事はないのですが、タイトルの印象だけで中身を読まない人達も居るのでそう思ってしまうのも仕方いのかな?
HSPと聞くと眉をしかめる人達が一定数居るのは、鈍感という言葉が持つ何となくネガティブなイメージも原因の一つではないかと思うのです。
ですので、もっと楽に考えて。
「細かいことが気になる人=フラットな人=細かいことを気にしない人」
で世の中が成り立っているんだと思うと、いくらかスッキリしませんか。
仮に「気になる人」が15~20%いるのなら、世の常として「気にならない人」も同じ位の15~20%位は居そうな気がしますが、どうなんでしょうかね。
ともあれ、お互い気質が違うので各々のことを理解して欲しいと思っても、中々難しいんじゃないかと思いますし、お互い深く干渉しなくてもいいんじゃないかな~。
気にならない人にも強力な特徴があります。
- 弱い立場の人の盾になって発言ができる。
- 物事を前へ進めるために躊躇がない。
- 周りの意見に流されずに決定ができる。
- 大勢人がいても自分の能力を発揮できる。
等々優れた気質を持っていますので、お互い自分の気質を知って尊重しながら、上手いこと生きていけたら良い世の中になると思うのです。
早く変な慣習や思い込みが無くなって、皆が適材適所で能力を発揮できる様になればいいなと切に願います(^^)