むち打ちに限らず何らかの外的な損傷の後、慢性的な痛みで悩まされている方は少なくありません。この事について、ノースウェスタン大学の研究チームが、むち打ち損傷後の慢性痛の発症メカニズムを解明し、新たな治療法開発の可能性を示唆する興味深い研究結果を発表しました。
それによると「脳の記憶中枢である海馬が長期記憶の保存に関与する皮質と通信する量が多いほど、慢性的な痛みを発症する可能性が高くなることが示された。さらに、交通事故直後の不安が高ければ高いほど、科学者は事故から1年後に人々が報告する慢性的な痛みをより正確に予測できた」とあります。
脳の記憶中枢が慢性痛を誘発?
この研究では、むち打ち損傷後わずか1~3日間の脳の状態をMRIで詳しく調べ、慢性痛を発症する人とそうでない人の脳の違いを明らかにしました。その結果、海馬と呼ばれる記憶を司る脳の部位と、皮質と呼ばれる他の脳の部位との間のつながりが強いほど、慢性的な痛みになりやすいことが判明しました。
さらに、事故直後の不安の程度も、将来の慢性痛と深く関わっていることがわかりました。つまり、事故直後に強い不安を感じた人ほど、1年後には慢性的な痛みを訴える可能性が高いということです。
脳が慢性痛を作り出すメカニズム
なぜ、海馬と皮質間の過剰な結合が慢性痛を引き起こすのでしょうか?研究チームは、以下のメカニズムを提唱しています。
- 有害な記憶の形成: 海馬は、痛みなどの不快な経験を記憶として蓄積する役割を担っています。むち打ち損傷によって、痛みと特定の動作や体位が強く結びついた記憶が海馬に形成されます。
- 予測性疼痛の発生: 海馬に形成された痛みに関する記憶は、感覚野や運動前野に伝達され、その結果、痛みを予測する神経回路が形成されます。この予測性疼痛は、実際の痛み刺激がなくても、痛みを感じさせることがあります。
- 不安増強: 事故直後の不安は、海馬と扁桃体などの感情に関わる脳領域の活動を亢進させ、痛み記憶の固定化を促進します。
慢性痛予防・治療への新たなアプローチ
この研究成果は、慢性痛の予防・治療に以下のような新たなアプローチを提示します。
- 早期介入: むち打ち損傷直後から、心理療法や薬物療法などを組み合わせることで、不安を軽減し、海馬と皮質間の異常な結合の形成を抑制することが期待されます。
- 脳刺激療法: tDCS(経頭蓋直流電気刺激)やTMS(経頭蓋磁気刺激)などの脳刺激療法を用いて、海馬や皮質の活動を調節することで、慢性痛を緩和できる可能性があります。
更に新しい治療の可能性として:VR療法: 仮想現実を用いた治療法は、痛みの認知を変化させ、不安を軽減する効果が期待される。のような方法も生まれています。
今後の展望
研究チームは、今後、以下の研究を進める予定です。
- 脳の変化のメカニズム: ストレスや炎症が、脳の変化にどのように影響するのかを詳しく調べる。
- 他の慢性痛への応用: この研究成果が、他の種類の慢性痛にも当てはまるかどうかを検証する。
- 新しい治療法の開発: 薬物療法や脳刺激療法などの新しい治療法を開発する。
整体院における応用
これを受けて、整体院で慢性疼痛にどう関わるかのヒントが示唆されたと思います。
早期の施術: 研究に合わせて便宜上むち打ちとさせて頂きますが、損傷の早期の段階から施術を開始することで、慢性痛に移行するリスクを低減できる可能性の示唆。
患者への説明: 患者さんに脳のメカニズムについて説明することで、治療への理解を深め、モチベーションを高めることができ、認識の変化による痛みの軽減の可能性も。
さいごに
むち打ち損傷後の慢性痛は、単なる身体的な問題ではなく、脳の複雑なメカニズムが深く関わっていることが明らかになってきました。この研究成果は、慢性痛の治療に新たな光を当て、多くの患者さんの生活の質向上に貢献することが期待されます。
参考文献:https://www.sciencedaily.com/releases/2024/10/241024131740.htm
Paulo Branco、Noam Bosak、Andrew D. Vigotsky、Yelena Granovsky、David Yarnitsky、A. Vania Apkarian。むち打ち損傷後の海馬の機能的結合は慢性疼痛の発症に関連している。Nature Mental Health、2024年、DOI: http://10.1038/s44220-024-00329-8