突発性難聴(Sudden Sensorineural Hearing Loss, SSHL)は、突然に片耳または両耳の聴力が失われる疾患で、原因が明確でないことが特徴です。発症は72時間以内に起こり、感音性難聴(sensorineural hearing loss)の一種に分類されます。年間10万人に1〜2人程度の発症率で、30代から60代の成人に多く見られますが、全ての年齢層に影響を与える可能性があります。
この疾患は、生活の質に重大な影響を及ぼし、難聴だけでなく、耳鳴り、耳閉感、回転性のめまいなどの症状を伴うことがあります。突発性難聴の大部分は片側性ですが、両側性に発症する例も報告されています。
当院でも年に何人か「突発性難聴になったことがある、治療中です」というお客様が来院されます。年齢についても前述のとおり30~60代とバラバラで、若いからと言って関係のない病気ではないなという印象です。
病因および病態生理
突発性難聴の原因は完全には解明されていませんが、以下の仮説が提唱されています。
- ウイルス感染: ウイルス感染によって内耳の組織が直接攻撃される可能性があります。ヘルペスウイルスやサイトメガロウイルスなどが関連することが示唆されています。
- 血流障害: 内耳は血液供給が豊富でないため、わずかな血流障害が聴覚機能に重大な影響を及ぼす可能性があります。血流障害は、内耳の毛細血管閉塞や血栓形成によるものと考えられます。
- 自己免疫反応: 自己免疫疾患を持つ患者が突発性難聴を発症するリスクが高いことから、免疫系が内耳を攻撃する可能性が示唆されています。特に、内耳での抗原に対する異常な免疫反応が発症に関与している可能性があります【注3】。
- ストレスと自律神経の関与: 精神的および身体的ストレスが交感神経系を活性化させ、内耳の血流が減少することで、聴覚障害を引き起こすと考えられています。また、ストレスによる免疫機能の低下がウイルス感染や自己免疫反応の引き金となる可能性があります。
原因?:ウイルスと免疫機能の低下
- ウイルスが内耳に感染し、内耳の細胞を傷つけることで、聴力低下を引き起こす可能性があります。
- ウイルス感染によって、体の免疫システムが過剰に反応し、内耳を攻撃してしまう可能性も考えられます。
- これらのウイルスは、体内に潜伏し、免疫力が低下した際に再び活動することがあります。
診断
突発性難聴の診断は、聴力検査、問診、および画像検査を基に行われます。
- 聴力検査: 純音聴力検査(Pure Tone Audiometry, PTA)や語音聴力検査(Speech Audiometry)が実施され、聴覚機能の詳細な評価が行われます。突発性難聴は感音性難聴であり、通常、高音域での聴力低下が顕著です。
- 音叉試験: リンネ試験(Rinne test)およびウェーバー試験(Weber test)を使用して、伝音性難聴と感音性難聴の鑑別を行います。
- 画像診断: MRI検査を用いて、聴神経腫瘍や脳血管障害など、他の潜在的な原因の除外が行われます。特に、聴神経腫瘍は突発性難聴の鑑別診断で重要です。
鑑別診断としては、メニエール病、耳管機能障害、聴神経腫瘍などが考慮されます。特にメニエール病は反復性のめまいと難聴が特徴であるため、経過が異なることが多いです。
リンネ試験とウェーバー試験は、音叉を使って耳の聴力を簡易的に検査する方法です。どちらも、難聴の種類を判断する上で必要です。
リンネ試験
リンネ試験は、気導と骨導と呼ばれる2種類の聴こえ方を比較する検査です。
- 気導: 音叉を耳のそばに近づけて音を聞き、音が聞こえなくなるまでの時間を測ります。
- 骨導: 音叉を乳様突起(耳の後ろの骨の出っ張り)に当てて音を聞き、音が聞こえなくなるまでの時間を測ります。
正常な場合は、気導の方が骨導よりも長く音が聞こえます。
ウェーバー試験
ウェーバー試験は、音叉の音がおおよそどちらの耳で大きく聞こえるかを確認する検査です。
- 音叉を頭の中央に当て、音がどちらの耳で大きく聞こえるかを確認します。
伝音性難聴の場合、音は障害のある耳で大きく聞こえ、感音性難聴の場合、音は健全な耳で大きく聞こえます。
それぞれの難聴と検査結果の関係
難聴の種類 | リンネ試験 | ウェーバー試験 |
---|---|---|
正常 | 気導>骨導 | 左右ほぼ同じ |
伝音性難聴 | 骨導>気導 | 障害のある耳で大きく聞こえる |
感音性難聴 | 気導>骨導 | 健全な耳で大きく聞こえる |
治療法
突発性難聴の治療は、早期介入が予後に大きく影響します。最も一般的な治療法はステロイド療法であり、内耳の炎症を抑え、聴力回復を促進する目的で使用されます。
- ステロイド療法: 経口または局所注入(鼓膜を通じた注射)により投与され、内耳の炎症を抑制します。治療効果は発症から1〜2週間以内の早期介入に依存し、回復率が高いとされています。
- 血流改善薬: 内耳の血流を改善するために、カルシウム拮抗薬やプロスタグランジン製剤が使用される場合があります。血流改善薬は、血液供給の促進を通じて聴力回復をサポートします。
- 抗ウイルス薬: ウイルス感染の関与が疑われる場合、抗ウイルス薬(アシクロビルなど)が併用されることがありますが、その有効性はまだ確立されていません。
- 酸素療法: 高圧酸素療法(HBOT)は、血流改善を目的とした補助的な治療法として利用されることがありますが、実際の臨床効果については議論の余地があります。
予後と再発
突発性難聴の予後は、発症からの治療介入のタイミングに大きく依存します。発症から48時間以内に治療が開始されると、聴力回復率が高くなります。ステロイド療法の奏効率は約60〜70%とされ、早期治療を受けた患者の多くが聴力回復を示します。しかし、完全回復に至らないケースや、後遺症として軽度の難聴や耳鳴りが残る場合も少なくないという怖い病気です。
何人もの経験者から聞いた実際の話からすると「あれ?なんかおかしいな?」というレベルでも、直ぐに受診した方が良いと思います。
また、突発性難聴は再発する可能性があり、特に基礎疾患を有する患者や、強いストレスにさらされている患者は再発リスクが高いとされていますので、再発予防のためには、生活習慣の改善やストレス管理が重要となります。
さいごに
突発性難聴は、その原因が未だ完全には解明されていない疾患であり、診断と治療が難しいケースも多いです。しかし、学術的な進展により、その発症メカニズムや治療法に関する理解は徐々に深まってきています。現時点で最も効果的とされる治療法は早期のステロイド療法であり、今後の研究でさらに有効な治療法が開発されることが期待されています。
突発性難聴における早期発見と早期治療の重要性は言うまでもなく、突然の難聴症状が現れた場合には、速やかに耳鼻咽喉科を受診することが推奨されます。