肉離れ:なぜ癖になるのか?

肉離れという怪我。名前だけ聞くと何だか恐ろしそうですが、意外と日常の中に潜んでいる怪我の一つです。当院でも肉離れになり、専門医にかかった後に予後のケアとして通われるお客さまをみる事は、さほど珍しくはありません。

肉離れは、スポーツや日常生活の中で頻発する運動器傷害の一つです。その病態生理は、筋線維の損傷、瘢痕組織の形成、再生過程の3つの段階に分けられます。

肉離れの定義とメカニズム

肉離れ(筋挫傷)は、筋線維が急激な収縮や引き伸ばしの力に耐えきれずに断裂する状態を指します。特にダッシュやジャンプといった急激な動作が引き金となります。筋線維の断裂は部分的なものが多いですが、まれに完全断裂が起こることもあります。

損傷機転としては、直接的な外力(打撲、挫傷など)や、急激な伸縮や過度の収縮などの間接的な外力が原因となります。ハムストリングス、大腿四頭筋、腓腹筋といった筋肉が肉離れの好発部位です。

ふくやま

特に脹脛の肉離れは、急激なターンなどで頻発することから、テニスレッグと呼ばれています。

筋線維損傷の程度

肉離れの損傷程度はI度からIII度までの3段階に分類されます。

  • I度: 軽度の線維裂傷
  • II度: 部分的な筋肉断裂
  • III度: 完全な筋肉断裂

これらの損傷により、痛みや腫脹、機能障害が現れます。損傷した筋線維は、治癒過程で瘢痕組織を形成し、次第に新しい筋肉組織に置き換わりますが、この瘢痕組織は元の筋肉組織と異なる特徴を持ち、再発や合併症の原因になることがあります。

瘢痕組織の形成と影響

筋線維が損傷すると、まず炎症反応が起こり、マクロファージなどの炎症細胞が損傷部位に集まります。その後、線維芽細胞が活性化し、コラーゲンなどの細胞外マトリックスを産生して瘢痕組織を形成します。

瘢痕組織は、筋肉組織とは異なる性質を持ち、以下の特徴を持っています。

  • 弾性が低い: 硬く柔軟性に欠ける
  • 血流が少ない: 栄養供給が限定的
  • 神経支配が少ない: 感覚や運動制御が低下
  • 力産生能力が低い: 筋力が落ちやすい

瘢痕組織(はんこんそしき)は、体が傷を治すために作り出す特殊な組織です。例えば、皮膚が切れたり、内臓が傷ついたりすると、その部分を修復するために新しい組織が生成されます。この新しい組織が瘢痕組織です。通常の皮膚や筋肉のような組織とは異なり、瘢痕組織はコラーゲンというたんぱく質が多く含まれており、丈夫ですが柔軟性に欠けることがあります。そのため、傷が治った後にできた瘢痕組織は、見た目や感触が元の組織と違うことが多いです。瘢痕組織は、傷を素早く閉じて感染症を防ぐために役立ちますが、元の組織と同じ機能や柔軟性を持っていないことが一般的です。

ふくやま

瘢痕組織は筋肉組織と比べて柔軟性が乏しく、運動機能の回復を妨げる要因となります。肉離れが癖になって再発しやすいのは、これが原因です。

肉離れの再発と合併症

一度肉離れを起こすと、瘢痕組織が形成されるため、再発のリスクが高まります。特にリハビリテーション中に無理な運動を行うと、瘢痕組織が再断裂し、慢性的な痛みや機能障害が引き起こされやすくなります。

また、合併症として骨化性筋炎が挙げられます。これは、損傷部位に異所性の骨が形成されることで、運動機能の制限や疼痛を伴う状態です。

肉離れの治療とリハビリテーション

肉離れの治療は損傷の程度によって異なりますが、初期段階ではRICE処置(Rest:安静、Ice:冷却、Compression:圧迫、Elevation:挙上)が基本です。この処置により、炎症や腫れを抑え、痛みを軽減することができます。

瘢痕組織が形成される過程で、過度の運動を避けることが重要です。適切なリハビリテーションを行うことで、筋力の回復と関節可動域の改善が可能となり、再発のリスクを最小限に抑えることができます。しかし、過度のリハビリや不適切なケアは、再断裂や骨化性筋炎のリスクを高めることがあります。

重症度別の治療法

I度(軽度)

  • 症状: わずかな痛み、腫れ、運動制限
  • 治療法:
    • RICE処置(安静、冷却、圧迫、挙上)
    • 痛み止め(非ステロイド性抗炎症薬など)
    • 関節可動域運動:痛みがない範囲で関節を動かす
  • 期間: 約1週間~2週間で回復するケースが多いです。

II度(中等度)

  • 症状: 明確な痛み、腫れ、運動制限、部分的な筋肉の断裂
  • 治療法:
    • RICE処置
    • 痛み止め
    • 関節可動域運動
    • 筋力強化運動:徐々に負荷をかけて筋肉を強化
    • テーピング:患部を固定し、再損傷を防ぐ
  • 期間: 約2週間~4週間で回復するケースが多いです。

III度(重度)

  • 症状: 激しい痛み、腫れ、運動機能の完全な喪失、筋肉の完全断裂
  • 治療法:
    • RICE処置
    • 痛み止め
    • ギプス固定:重症の場合は、ギプスで患部を固定することがあります。
    • 手術:筋肉の完全断裂の場合、手術が必要になることがあります。
    • リハビリテーション:専門の理学療法士によるリハビリテーションが長期にわたって必要となります。
  • 期間: 回復までに数ヶ月から半年以上かかることがあります。

各段階における注意点

  • 急性期: 腫れや痛みを軽減するために、RICE処置を徹底することが重要です。
  • 亜急性期: 関節可動域運動や筋力強化運動を徐々に開始し、筋肉の機能回復を促します。
  • 慢性期: スポーツ動作練習など、競技復帰に向けて段階的に運動強度を上げていきます。

予防策とケアの重要性

肉離れの予防には、以下の対策が有効です。

  • ウォーミングアップ: 筋肉を温め、柔軟性を高める
  • ストレッチ: 日常的に行い、筋肉の柔軟性を維持
  • 筋力強化: 筋肉を鍛え、外力に対する耐性を高める
  • 適切な運動: 過度な運動を避け、体力に合った運動を行う

特に中高年の方やアスリートは、筋肉の疲労や弱化が進んでいる場合、些細な動作でも肉離れが発生しやすいため、日常的なケアが重要です。

ふくやま

実際、横断歩道を慌てて渡ろうとして、肉離れになったというお客様は一人二人ではありません。それだけ日常的な怪我なんですね。

学術的知見

筋挫傷の治癒過程において、筋衛星細胞の活性化が重要な役割を果たします。筋衛星細胞は、損傷した筋線維の修復を促進し、新しい筋線維の再生に寄与します。しかし、繰り返される損傷や不適切な治療は、筋線維の完全な再生を妨げ、瘢痕組織の増大を引き起こしやすくなります。これにより、慢性的な痛みや筋機能の低下が長期的に残るリスクが高まります。

筋衛星細胞(きんえいせいさいぼう)は、筋肉の修復や成長に重要な役割を果たす細胞です。筋繊維の表面に位置しており、通常は休んでいる状態ですが、筋肉が損傷したり、強い運動をしたりすると活性化されます。

活性化された筋衛星細胞は、増殖して新しい筋繊維を作り出したり、既存の筋繊維を修復したりすることで、筋肉を再生します。この過程は、筋肉の成長やトレーニング後の筋力アップ、そして怪我からの回復に欠かせない細胞です。

さいごに

肉離れは、筋線維の損傷に伴う痛みや機能障害を引き起こすため、適切な治療とリハビリテーションが重要です。スポーツや日常生活における急激な動作や不十分なウォーミングアップが主な原因であり、予防策として日常的なストレッチや適切なケアが推奨されています。

日頃、運動しない方は言うまでもなく、若い頃に沢山運動していた方は特に油断せず入念なアップをしてから運動を始めて下さいね。

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